北朝鮮党大会のイメチェンについて思うこと。

北朝鮮が36年ぶりの党大会を行った。海外プレスにはあまり公表しなかった様子であるが、その時の様子であるが、皆がほとんどスーツなのである。新鮮な光景であった。核保有については持続的発言のようだが、これは、先代からの流れと思われる。流れというのは、川でラフティングや海のサーフィン等で分かるように、たやすく変えることができない。流れも波も人間の力は無力である。そういう過去からの時代の流れを背負ってあるいは背負わされて皆リーダーたちはトップに立つ。先代のしりぬぐいもあるのだ。かつて、北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国である。民主主義なのである。たまにちらりと映る平壌は近代的である。金日成主席はスーツであった。その後の金正日主席で軍国主義化して、その流れでそのご現在の金正恩国家主席になり、まだ、恐ろしい流れが続いていたが、ここへきて、スーツで軍服姿の人たちは端に並んでいるだけ。

私は以前、さとうりんこの名前のツイッターの時に、北朝鮮人の軍部を労働人間や労働党にすべきと書いたことがあった。軍力を誇示する方が、対外は緊迫してむしろ膠着してしまう。核の問題は、皆思うに諸国、持て余しているのである。恐ろしい厄介な代物なのである。常々言うのは核を地下に戻すのである。何も平気じゃない、核開発じゃない。もとあったところに、核は中心である。地球の中心を削ってどうするんだという思うのである。まず、どこの核か?とかもあるんだが、核問題は、北朝鮮は開発はしない、兵器も作らない、保有も外国から来たなら、その外国に要らないと申し入れ、再度引き取らせることも必要である。

対外政策として。ミサイル等での失策では、威嚇も近代的な平壌に反することであるから、即ち、要らないという。対外恐怖があるかもしれない。それは精神的な問題もあり、気流で中国のダイオキシン、チェルノブイリや日本からの放射性物質が、精神面に与える影響。これは現在の日本にも言えることだが、声としてその有害物質が人間の精神へ脅迫概念を言ってくる作用が無いかと私は経験上懸念しているのである。そういった作用に対して、実際に対外として、対海外として攻撃をしているのではないか?という疑いと先ほども言った、どうしようもない流れの中でそういう作用も不可抗力で起きることがあるとういことである。いずれにせよ大変恐ろしいのである。日本はとかく批判社会である。いつからであろう。言いたい放題になり誹謗中傷を意見として取り入れたのは。意見と誹謗中傷をまず分け、概説と正論と参考意見をマスコミやメディアで取り上げれば創造的で建設機的で良い世界が創り上げられるだろう。

また、再度民主化の流れを組めるだろうか。頑張って欲しい。

世界の中の日本と北朝鮮の本来あるべき正しい姿が求められている。

(福山イーリー)